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![]() パーツを切り分けます。このパーツはそれぞれのシートを立ち上げる為に使います。それぞれのシートにあわせて切り分けて使います。 ![]() それぞれのシートを切り分けます。直線はカッターで、曲線はハサミで切るときれいに切り分けられます。細かく切るかおおざっぱに切るかは個人の好みです。 ![]() それぞれのシートを手前から順番に下揃いでテープで留めていきます。 立ち上げてみながら確認すると仕上がりがきれいになります ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() それぞれのシートを立ち上げるパーツを貼り付けます。平行をとらないと、折りたたむことが出来なくなります 奥から順番に立ち上がりを確認しながらパーツを貼り付けていきます。 ![]() ![]() ![]() あっという間に完成です ![]()
http://blog.tatsuru.com/2012/05/02_0959.php
仕事力について 4月に一ヶ月間、毎週一度朝日新聞の求人欄の上のコラムに「仕事力」というエッセイを連載しました。いつもの話ですけれど、就活する学生たちに対して言いたいことをわりとコンパクトにまとめてあるので、そういう立場にいる方はぜひご一読ください。 自分の適性に合った仕事に就くべきだと当たり前のように言われていますが、「適職」などというものがほんとうにあるのでしょうか。 僕は懐疑的です。 「キャリア教育」の名のもとに、大学2年生から就活指導が始まり、その最初に適性検査を受けさせられます。 これがいったい何の役に立つのか、僕にはまったくわかりません。 大学で教えている頃に、ゼミの学生が適性検査の結果が出たのだが、と困惑してやってきたことがありました。 「あなたの適職は1位キャビンアテンダント、2位犬のトリマーと出たんですけど、私は一体何になればいいのでしょう?」 就職情報産業は学生たちを、自分には「これしかない」という唯一無二の適職があるのだが、情報が足りないせいで、それに出会えずにいるという不安のうちに置きます。それに乗じられる学生たちが僕は気の毒でなりません。 仕事というのは自分で選ぶものではなく、仕事の方から呼ばれるものだと僕は考えています。 「天職」のことを英語では「コーリング(calling)」とか「ヴォケーション(vocation)」と言いますが、どちらも原義は「呼ばれること」です。 僕たちは、自分にどんな適性や潜在能力があるかを知らない。でも、「この仕事をやってください」と頼まれることがある。あなたが頼まれた仕事があなたを呼んでいる仕事なのだ、そういうふうに考えるように学生には教えてきました。 仕事の能力については自己評価よりも外部評価の方がだいたい正確です。頼まれたということは外部から「できる」と判断されたということであり、その判断の方が自己評価よりも当てになる。 「キャリアのドアにはドアノブがついていない」というのが僕の持論です。 キャリアのドアは自分で開けるものではありません。向こうから開くのを待つものです。そして、ドアが開いたら、ためらわずそこの踏み込む。 労働市場における「適職」という語の意味は、意地悪く言えば、「自分が持っている能力や素質に対していちばん高い値段をつけてくれる職業」のことです。とりあえず今はそういう意味で使われている。最も少ない努力で、最も高い報酬を得られる職種を求めるのは、消費者にとっては自明のことです。いちばん安い代価でいちばん質のよい商品を手に入れるのが賢い消費者ですから。その消費者マインドが求職活動にも侵入している。 でも、「費用対効果のよい仕事がいちばんいい仕事だ」というロジックを推し進めれば、ディスプレイの前でキーボードを叩くだけで何億円も稼ぐような仕事がいちばん「賢い」仕事だということになります。 「仕事をする」というのは「手持ちの貨幣で商品を買う」ことではありません。それはむしろ、自分がいったい何を持っているのかを発見するプロセスなのです。 最も少ない努力と引き替えに、最も高い報酬を提供してくれる職種、それを今の人たちは「適職」と呼びます。そして、就活する若者たちは適職の発見に必死です。 でも、それは消費者マインドがもたらした考え方に他ならないと僕は思います。 「賢い消費者」とは、最少の貨幣で、価値ある商品を手に入れることのできたもののことを言います。「賢い消費者になること」それが今の子どもたちのすべてのふるまいを支配しています。 学校がそうです。 消費者的基準からすれば、最低の学習努力で最高の学歴を手に入れたものがいちばん「賢い学生」だということになります。 だから、ぎりぎり60点を狙ってくる。出席日数の3分の2が必須なら、きっかり3分の1休むようにスケジュールを調整する。60点で合格できる教科で70点をとることは、100円で買える商品に200円払うような無駄なことだと思っている。 ほんとうに学生たちはそう信じているんです。 僕の友人が大学の運動部の監督をしています。彼が用事でグラウンドに出られないときに、部員がこう訊きに来たそうです。 「何やっとけばいいんですか?」 彼はその問いにつよい違和感を覚えました。 当然だと思います。これは「何をすべきか」を訊ねる価値中立的な問いではないからです。そのように装っていますが、実際に訊いているのは、「それだけしておけばよい最低ライン」なのです。「あなたから文句を言われないミニマムを開示してください」学生たちはそう言っているのです。 これも友人の医学部の先生から聴いた話です。授業の後に廊下を追って質問に来る学生がいました。教科の内容について訊かれるのかと思って振り返ったら、「これ国試に出ますか?」と訊かれた。 この二つは同じ質問です。 学生たちは当然の質問をしているつもりですが、彼らが訊いているのは「ミニマム」なのです。その商品を手に入れるための最低金額の開示を求めている。 だから、「大学では何も勉強しませんでした」と誇らしげに語る若者が出現してくるのです。 彼らは最低の学習努力で、労働市場で高値のつく学位記を手に入れたおのれの「力業」に対する人々の賞賛を期待して、そう言っているのです。 ですから、就職についても、彼らは同じ原則を適用します。 「特技や適性を生かした職業に就きたい」というのは、言い換えれば、「最小限の努力で最高の評価を受けるような仕事をしたい」ということです。すでに自分が持っている能力や知識を高い交換比率で換金したい、と。 そういう人は、自分が労働を通じて変化し成熟するということを考えていません。 でも、「その仕事を通じて成長して、別人になる」ことを求めない人のためのキャリアパスは存在しません。 歯科医によると、世の中には「入れ歯が合う人」と「合わない人」がいるそうです。 合う人は作ってもらった入れ歯が一発で合う。合わない人はいくら作り直しても合わない。別に口蓋の形状に違いがあるわけではありません。自分の本来の歯があった時の感覚が「自然」で、それと違う状態は全部「不自然」だから嫌だという人は、何度やっても合わない。それに対して「歯がなくなった」という現実を涼しく受け入れた人は「入れ歯」という新しい状況にも自然に適応できる。多少の違和感は許容範囲。あとは自分で工夫して合わせればいい。 この話を僕は合気道の師匠である多田宏先生から伺いました。「合気道家は入れ歯が合うようじゃなくちゃいかん」と言って先生は笑っておられました。 武道というのは与えられた環境でベストパフォーマンスを達成するための心身の工夫のことです。戦場に投じられた時に、「こんな戦力じゃ戦えない。やり直せ」と要求することはできません。手持ちの資源をやり繰りして、何とかするしかない。 結婚も就職も、ある意味では「入れ歯」と同じです。 自分自身は少しも変わらず自分のままでいて、それにぴったり合う「理想の配偶者」や「理想の職業」との出会いを待ち望んでいる人は、たぶん永遠に「ぴったりくるもの」に出会うことができないでしょう。 「どんな相手と結婚しても、そこそこ幸福になれる人」は「理想の配偶者以外は受け付けられない人」より市民的成熟度が高いと僕は思います。 親族というのが「それが絶えたら共同体が立ち行かないもの」である以上、 「大人」とはそういうものでなければ困る。 仕事だってそうです。 「どんな職業についても、そこそこ能力を発揮できて、そこそこ楽しそうな人」こそが成熟した働き手であり、キャリア教育はその育成をこそ目指すべきだと僕は思っています。 自分にどんな能力があるかなんて、実際に仕事をしてみなくちゃわからない。分かった時にはもうけっこうその道の専門家になっていて、今さら「別の仕事に就いていたら、ずっと能力が発揮できたのに…」というような仮定の話はする気もなくなっている、というものではないでしょうか。 予備校生の頃、僕は法学部を出て、検察官か警察官になることを予定していました。でも、なぜか仏文学者になってしまった。法律家になっていたら成功しただろうかと今でも時々考えます。でも、何だかずいぶん残忍で非情な司法官になって、人びとを苦しませていたような気もして、「ならなかった方が世間のためだった」と自分に言い聞かせています。 仏文学者になることも、 武道家になることも、二十歳の時は全く予想もしていませんでした。でも、もののはずみで、それが職業になりました。なった以上、そこでベストを尽くす。そんなふうにして人間は「天職」を自作してゆくものではないかと思います。 卒業して、社会人になったら、学ぶことは終わってしまうわけではありません。学びはエンドレスです。 でも、学び続けられる人は決して多くありません。 先日、あるトークセッションでアナーキズムのことを話題にしたことがありました。 終わった後にたまたまフロアにいた卯城竜太君(美術家集団Chim↑Pomの)が僕のところにやってきました。 彼が僕に向けたのは、「アナーキズムの社会では貨幣はどうなるんですか?」「起業するときは、どういうふうにするんですか?」という面食らうような質問でした。 彼は僕や中沢新一さんがしていたアナーキズムの話を聞いて、「あ、それいい」と思って、もし日本がアナーキズム的な社会になったら、自分はどんな仕事のしかたをすればいいのか僕に訊ねてきたのです。 彼のその想像力の自由さと、「学ぶ」姿勢のストレートさに、僕はちょっと感動してしまいました。 そして、たしかにこういう人が自分の専門分野で抜きんでた仕事をなしとげ、国際的な存在になるのだろうなと思いました。 「学ぶ姿勢」のある人は何よりも素直です。つまらない先入観を持たない。「アナーキズム的社会なんてありえないよ」という生半可なリアリズムで好奇心を閉ざさない。素直な人に訊かれると、こちらもつい真剣になる。知っている限りのことを、知らないことまでも、教えてあげたい気分になる。そういうものです つねづね申し上げていることですが、学ぶ力には三つの条件があります。 第一は自分自身に対する不全感。自分が非力で、無知で、まだまだ多くのものが欠けている。だから、この欠如を埋めなくてはならないという飢餓感を持つこと。 第二は、その欠如を埋めてくれる「メンター(先達)」を探し当てられる能力。メンターは身近な人でもいいし、外国人でも、故人でも、本や映画の中の人でもいい。生涯にわたる師でなく、ただある場所から別の場所に案内してくれるだけの「渡し守」のような人でもいい。自分を一歩先に連れて行ってくれる人はすべてたいせつなメンターです。 第三が、オープンマインド。人をして「教える気にさせる」力です。素直さと言ってもいいし、もっと平たく「愛嬌」と言ってもいい。 この三つの条件をまとめると、「学びたいことがあります。教えて下さい。お願いします」という文になります。 これが「学びのマジックワード」です。 これをさらっと口に出せる人はどこまでも成長することができる。この言葉を惜しむ人は学ぶことができません。学ぶ力には年齢にも社会的地位にも関係がありません。 これから仕事に就くみなさんのご健闘を祈ります。 がんばってください。
『rakugoオルタナティヴ vol.5 「柳家と立川」』@草月ホール
柳家さん喬と立川志らくの二人会という危険な企画。 この「柳家と立川」という一連の企画は、 ぴあの企画者(名前失念)がさん喬師匠から「立川流は勢いがある」という発言を聞いて、 その一連の話を独り占めにしておきたくないからという理由からはじまったという。 「反立川流」の急先鋒と目されるさん喬師匠にこの企画持ちかけたところ快諾を受けたという。 誰もが予想しなかったこの企画。 志らくさんも以前さん喬師匠の死神を聞いた時、 記憶にあるさん喬師匠の話しぶりとはほど遠く、 大げさな演出に困惑していた。 多少、批判的な姿勢であったのではないか? そのような二人が二人会で一騎打ち!何かが起こると予想していた。 ○柳家さん弥「夏泥」 よく知らないので、柳家さん弥さんのプロフィール。 2000年 柳家さん喬に入門 前座名「さん角」 2004年 二ツ目昇進 四代目柳家さん弥と改名 落語協会所属。 以前一回聞いたことがあるがネタは記憶に無い。 比較的ベテランの二つ目を持って来た感じ。 いかにも寄席育ちという素直な落語。 ○立川志らく 「らくだ」 この決戦の場に、 ZAZEN BOYSのライブで、大勢の若者相手に大受けだった「らくだ」を持って来た。 志らくのクレイジー落語としては、鉄拐、疝気の虫につづく代表作。 しかし、緻密に談志落語を丁寧に継承する演出。 マクラは、人の悪口と自慢話ばかりというが、それが楽しみの一つ。 らくだに入ろうとして、こぶ平とさん喬の二人会の話に。 こぶ平がこの志らくさんとの二人会の話を聞きつけて 「懲らしめちゃって下さいよ!」なんて言ってたらしい話。 ○柳家さん喬 「井戸の茶碗」 くず屋主演の話を当ててくるのは、寄席の技術ということか。 でもそれくらい寄席で無くても発想できる。 さらに、寄席育ちをアピールする、前の出演者の落語を受けてのくすぐり。 でも、そんなこと志らくさんは自分のマクラやネタを次の演目にかぶせてくるという訓練を積んでいる。 その重層性が志らく落語の醍醐味の一つ。 この正攻法の落語。まっとうな健全な落語。 その良さも重々判るが、それに飽きる人と飽きない人がいるということをさん喬師匠は理解していない。 予定調和とワンアンドオンリーの落語、それは両方好き嫌いがあるってこと。 <仲入り> 対談:さん喬VS志らく さん喬さんは、落語協会で 志らくさんの師匠立川談志の弟弟子。 談志が協会を飛び出した敬意を目の当たりにした そのショックはいまだに尾を引いている。 そのこととの決別の時期に来ているということだろう。 「立川流には勢いがある」という発言についての心意を、と進行役が話を振り、 「そんなこといったけ?」ととぼけつつ対談が始まる。 あくまでもさん喬師匠は「反立川流」であるという前提で、 立川流に勢いがあることを認めざるを得ないといった感じ。 後の発言も踏まえると立川流の勢いの影響が大きすぎて 今後の落語の行方を心配しているといったニュアンスが感じられた。 さん喬師匠をよくは知らないが、できれば人前で悪口は言いたくないというかんじの人ではないか。 つねに口にした「反立川流」この言葉が唯一出た悪口であった。 寄席というものの大切さをしきりに語るさん喬師匠。 二人が一致したのは、 二人が影響を受けた名人たちはみんな当然寄席育ち。 寄席の必要性は認めつつも 志らく師匠は寄席が無くても育った自分のプライドもある。 そこで立川流の中でも寄席がよいが必要な落語家もいるという形で 志らくさんは寄席の必要性を説明。 さらに立川流は、成功者と失敗者が両極端だということ。 育ったのは四人だけ。 でもさん喬師匠はそれは協会に比べれば高い打率だという。 5代目小さんが「立川流」を容認していたという話。 さん喬師匠も小さんが談志を嫌ってはいなかったことを認めつつも 志らくが花緑・小さん三人会で爆笑「文七元結」をやって一万円の小遣いをもらったエピソードには、「私の十年間は何だったのか?」とちょっとショックを受けていたよう。 さん喬師匠が立川談志の優しかった思い出話もよかった。 そして志らくさんの落語を聞いていて談志に似ている話しぶりを見て 「本当に談志さんを好きなんですね」と。志らくファンとしては本当に嬉しい言葉だった。 そして喬太郎さんは談氏の弟子になるべきだったというと 志らくさんは、喬太郎と同級生だった話をして、 喬太郎が談志の弟子になると言い、志らくは馬生の弟子になりたいと言っていたエピソードを。 柳家とか協会とか立川流とかいっても結局は落語家は個人であるということは重要なこと。 もし家元が亡くなったら、総領弟子は家元は継ぐ力がないし、 志の輔が嗣いだとしても志らくさんはついては行かず、 市馬や花緑と関係を持ちつつ、志らく一門だけで行くだろうという。 志らくさんから質問が唯一あった。 談笑のエピソード。談笑がさん喬・権太楼と同席した時に「けれん」の話をしたという。 その意味を少し詳しく聞きたいという。 「けれん」とは、その場限りの笑いとのこと。 そのような笑いは客を馬鹿にしているという。客を言葉であしらっている姿勢が気に入らないというかんじか。 心で笑わせることの重要性をさん喬師匠は言っているのだろうが、 私は、あまり合点がいかなかった。 その客あしらいは、私は寄席で感じたからである。 私は、三回しか寄席に行ったことがないが、 そのすべてでなにか公務員的な、サラリーマン的な姿勢を寄席の落語家に感じたのである。 寄席を愛する人たちがいるということは、私の経験が例外であるということだと思うが、 個人的には、寄席育ちが良いとかわるいとかは関係ないと思う。 落語家個人がもがいているかどうか、自問自答しているかの違いであると思う。 さん喬師匠がふと「志らくさんは自分のマクラは悪口と自慢話と言ってたけどそのとおりだね」ということばにずきっ!さん喬師匠志らくさんのことあまり評価していないのかな? しかし、自惚れも必要だし、そう思わざるを得ない状況も理解できるなど 本当に複雑で矛盾だらけの発言の連続。実に面白かった! 記憶のあるうちに思い込み含めたメモを書いておきました。
今日は、やっと帰りに神保町の三省堂によって、大学の後輩で、漫画家の古林海月さんの新刊を購入しました。2階のマンガ青年誌新刊コーナーに5冊置いてありました。別に1階のノンフィクション、3階の公務員試験と同階の資格・就職フェアコーナーにあるようです。売れそうですね!
まだ、一寸しか読んでいませんが、内容も面白そうです。 ![]() http://www.amazon.co.jp/%E3%82%8F%E3%81%9F%E3%81%97%E3%80%81%E5%85%AC%E5%83%95%E3%81%A7%E3%81%8C%E3%82%93%E3%81%B0%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82-%E5%8F%A4%E6%9E%97-%E6%B5%B7%E6%9C%88/dp/4806140910 海月さんのブログ http://ameblo.jp/komehaki/entry-10941980521.html
この話当たりが本質を突いていて、今後すべきことが見えてくると思いますね。
http://www.youtube.com/watch?v=7W3ZI6ENAl0 http://www.youtube.com/watch?v=lvrrSbbScMU&NR=1&feature=fvwp
この話当たりが本質を突いていて、今後すべきことが見えてくると思いますね。
http://www.youtube.com/watch?v=7W3ZI6ENAl0 http://www.youtube.com/watch?v=lvrrSbbScMU&NR=1&feature=fvwp
内田樹のコピペ
http://blog.tatsuru.com/2011/03/24_1029.php 兵站と局所合理性について 兵站についてツイッターに昨日少し思うことを書いた。 まず、それを再録しておく。 昨日言い忘れたことのひとつを思い出しました。logistics のこと。兵站学。本義は「輸送、宿営、糧食、武器、人馬の補給管理、傷病者の処置などに関する軍事科学の一分野」。日本陸軍は伝統的に兵站を軽視したことで知られています。 司馬遼太郎が書いていましたが、日露戦争のとき、兵士は数日分の食糧しか持たされず前線へ送られたそうです。「あとは現地で調達(強奪)せよ」ということです。伝統的に日本陸軍はそうだった。 今回の震災の危機管理を見て、「これは日本陸軍だ」と思いました。 「輜重輸卒が兵隊ならば 蝶々トンボも鳥のうち」という戯れ歌のうちに大日本帝国戦争指導部の兵站軽視は反映していますが、同じことが今も続いている。前線の「兵士」の活躍は大きく報じるけれど、それを支える兵站の仕事を高く評価する習慣はない。だから、みんな「兵士」になりたがる。 震災の危機対応の中で、logisticsは最優先の課題であるはずです。本来なら国家戦略局がその任に当たるべきなのでしょうが、それが機能しているように見えない。仙谷さんが官房副長官に入ったのは、たぶんその「誰もやらない」仕事を委託されてのことでしょう。 兵站を管理するためには「豪腕」が要ります。「豪腕」というのは、なにも現場に行って職員を怒鳴りつけることではありません。「無理が通る」ということです。「ルールの弾力的運用を求められる」ということです。 もちろん法的な裏づけが第一には必要なのですけれども、それ以上に必要なのはさまざまなセクションに横断的に「assets」を有しているということです。個人的な信頼関係です。「この人の頼みじゃ断れないよ」と思う人間を、枢要なポジションに網羅的に配備していること。それが「豪腕」の本質です。 兵站の仕事はですから危機対応ではない。危機の到来に先んじて、assets の形成に長い時間と手間暇をかけてきた人間だけがこの任に当たることができる。そういうタイプの政治家や行政官を重用することを怠ってきたことをもう少し重く受け止めるべきでしょう。 というのがその文章である。 投稿したあとに、それは日露戦争ではなく、太平洋戦争だろうという誤記についての指摘があった。 私も司馬遼太郎の原典に当たって調べたわけではなく、うろおぼえのまま書いたので、指摘の通りかも知れない。日露戦争の頃の日本の軍人は大山巌にせよ、児玉源太郎にせよ、合理的な思考ができる人たちだったはずである(そうでなければ、ロシアを相手の戦争に勝てたはずがない)。 どなたか「食糧数日分」の出典をご存じのかたがいたらご教示願いたい。 いずれにせよ、日本陸軍が伝統的に兵站を軽視していたという知見は司馬遼太郎からの請け売りである。 もうひとつ「戦力の逐次投入」というのも日本軍の宿痾だったはずという指摘があった。 まったくご指摘の通りである。 ノモンハンもガダルカナルもこれで歴史的な敗北を喫した。 福島原発の処理を見て「戦力の逐次投入」という「必敗のパターン」を踏んで官邸と東電が動いているのを見て、不安になった人は多いはずである。 「いまのところ問題はありません。事態は好転しています」という「大本営発表」的な楽観論を繰り返す原子力学者たち(そのほとんどが東大教授)の顔つきにも私たちは気鬱な既視感を覚えたはずである。 どうして日本は「こんな国」になってしまったのか。 それが司馬遼太郎につきまとった生涯の問いだった。 明治40年代まではそうではなかった。日本人はもっと合理的で、実証的で、クールだった。あるときから、非合理的で、原理主義的で、ファナティックになった。 たぶん、その両方の資質が日本人の国民性格には含まれていて、歴史的状況の変化に応じて、知性的にふるまう人と、狂躁的に浮き足立つ人の多寡の比率が反転するのだろう。 おおづかみに言うと、「貧しい環境」において、日本人は知性的で、合理的になる。「豊かな環境」において、感情的で、幼児的になる。 幕末から明治初年にかけて、日本は欧米列強による植民地化の瀬戸際まで追い詰められていた。そのとき日本人は例外的に賢明にふるまった。東アジアで唯一植民地化を回避し、近代化を成し遂げたという事実がそれを証している。 敗戦から東京オリンピックまでの日本人もかなり賢明にふるまった。マッカーサーから「四等国」という烙印を押され、二度と国際社会で敬意をもって遇されることはないだろうと呪われた日本人は、科学主義と民主主義という新しい国家理念を採用することで、わずかな期間に焦土を世界の経済大国にまで復興させた。 近代150年を振り返ると、「植民地化の瀬戸際」と「敗戦の焦土」という亡国的な危機において、日本人は例外的に、ほとんど奇蹟的と言ってよいほどに適切にふるまったことがわかる。 そして、二度とも、「喉元過ぎれば」で、懐具合がよくなると、みごとなほどあっという間にその賢さを失った。 「中庸」ということがどうも柄に合わない国民性のようである。 今度の震災と原発事故は、私たちが忘れていたこの列島の「本質的な危うさ」を露呈した。 だから、私はこれは近代史で三度目の、「日本人が賢くふるまうようになる機会」ではないかと思っている。 私たちは地球物理学的にも、地政学的にも、つねに一歩誤れば国を失うような危険のうちで生きている。 そのことを念頭に置いて社会システムを制度設計していれば、「こんなこと」は起こらなかった。 「こんなこと」が起きたのは、そのことをすっかり忘れていたからである。 だから、日本人はこれで「眼を覚ます」だろうと私は思っている。 私たちにとってもっともたいせつなものが何かを思い出すだろう。思い出さねばならない。 それは国土の保全と民生の安定である。 自余のことはそれに比べれば論じるに足りない。 総人口の10%が国土の0.6%に集住し、そこに政治権力も、財貨も、情報も、文化資本もすべてが集中し、それを維持するためのエネルギーも食糧も水もほとんど外部に依拠しているといういびつな一極集中構造が「火山列島」で国家を営んでゆくというプログラムにおいて、どれほどリスキーなものかは小学生にもわかる。 小学生にもわかる「リスクヘッジ」を誰も実行しようとしないのは、一極集中したほうが「効率的だ」と思っているからである。 もちろん「金儲け」にとっての効率である。 その判断は間違っていない。 けれどもそれはいわゆる「局所合理性」に基づけば、ということである。 短期的・局所的に考えれば合理的なふるまいが長期的・広域的に考えると不合理であるということはよくあることである。 集団の中で一部の人間だけがやる場合には利益を得るものがいるが、集団のほとんどがやりだすと誰も利益を得ないという営為は局所合理性の典型である。 泥棒という行為は、ほとんどの人が泥棒をしない社会では、しばしば多くの利益を泥棒にもたらす。だから、泥棒は局所的には合理的なふるまいである。しかし、ほとんどの人が泥棒をする社会では、全員が自分の財貨を護るためにある限りの時間とエネルギーを費やさねばならず、どうせ盗まれるものを生産する人もいなくなるので、遠からず全員が餓え死にすることになるから、全体的には不合理なふるまいだということになる。 原発はそれが「事故を起こさない」限りにおいては電力会社にも消費者にも地元民にも多くの利益をもたらすテクノロジーである。だから原発をどんどん建設することは局所的には合理的なふるまいである。 けれども、いったん事故が起きた場合には、被曝での死傷者が大量発生し、国土の一部が半永久的に居住不能になり、電力会社は倒産し、政府が巨額の賠償を税金をもってまかなう他なくなる。原発事故によって失われるものは、貨幣に換算しても(人の命は貨幣に換算できないが)、原発の好調な運転が数十年、あるいは数百年続いた場合にもたらされる利益を超える。 火力発電や水力発電や太陽光発電や風力発電と比べたとき、原発は局所的には(費用対効果という点でも、環境負荷という点でも)きわめて合理的な選択だが、全体的には合理性に乏しい選択である。 短期的・局所的な「金儲け」に限定すれば、原発は正解である。より長期的・広域的な「国土の保全と民生の安定」を基準に採れば、原発は正解ではない。 日本人は、そのような小学生にもわかる単純な理屈がわからなくなっていた。 日本人はようやくそのことに気づいただろうと思う。 だから、これからの中長期的な国土復興のプランはかなりわかりやすいものとなるはずである。 思いついたことをランダムに列挙する。 (1)すべての原発の即時停止と廃炉と代替エネルギー開発のための国家的プロジェクトの始動 (2)「できるだけエネルギーを使わないライフスタイル」への国民的シフト (3)首都機能の全国への分散 (4)首都圏に集中している人口の全国への分散 とりあえず、これからだろう。 震災と原発事故の被災者に対する支援は、それぞれの地域、組織の「カウンターパート」が引き受ける。 私は大学支援については、西日本にいるそのカウンターパートが分担するのがよいということを提案したが、このシステムが「対口支援」と呼ばれていることを昨日のニュース解説で知った。 対口支援についての説明をグーグルで求めたところ、中国新聞に武吉次朗という方が書いている記事があった。 平明な説明なので、これを貼り付けておく。平たく言えば、被災しなかった自治体が被災した自治体を一対一で支援するシステムである。 http://www.toho-shoten.co.jp/business/gakushu/singoga/singoga_23.pdf このロジックを拡大してゆけば、本学が試みているように、被災しなかった大学が、教育理念や教育方法において共通点の多い同規模の被災大学の教育活動を支援するというソリューションや、被災しなかった企業が被災した同規模の同業企業を経営的に支援し、従業員を受け入れ、資材の調達や販路の確保に協力するという手立てもありうるはずである。 要は「困ったときはお互いさま」というマインドでの支援である。 私はこのプログラムは政府主導の上意下達的・中枢的な支援策よりもずっと効率的できめ細かい支援を実現しうるだろうと思っている。 支援者の側が継続的・安定的に支援を続けられるためには、支援負荷が長期的にも十分に担えるレベルのものであること、それが自分たちの組織に「利潤」ではないかたちでのメリットをもたらすものであることが必要であるが、「対口支援」はこの条件に合致する(被災地学生の受け入れは大学にほとんど教育上の負荷をもたらさず、また受け入れ側の学生にとって市民的成熟の好個の機会である)。 まなじりを決して、自己犠牲的に行う支援は、パセティックではあるが、永続的に行うことはむずかしい。 必要なのは全国民的な相互支援・相互扶助のマインドである。 長くなりすぎたので、このへんでおしまいにする。 ロジスティックスのためにどのようなシステムを構築すべきか、「ロジスティック・マインド」をどのように開発涵養すべきかという長期的な射程で語るべき論件がまだ残されているが、それはいずれの吟味する機会があるだろう。 日時: 2011年03月24日 10:29 |
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