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ACのあいさつのCM。最初の段階から、あんなあいさつしたら絶対いじめられるのにと思っていた。
噂では、このCMに対する反応は、半々とのこと。 でもなんども見ているといろんな展開が見えてくる。 その一つがこれだろう。 http://gigazine.net/news/20110322_great_arigato_usagi/ ラップバージョンなど、いろんな映像がyoutubeでは配信されているよう。 3月29日 フルバージョンはこちら http://www.youtube.com/watch?v=6bD66T-n_5c&feature=related http://www.youtube.com/watch?v=_7ZDeB3GEB4&feature=related http://www.youtube.com/watch?v=CPI5nL6t2b0&feature=related バージョンがどんどん増えていますね。 面白いのあったら教えて下さい。 http://gigazine.net/news/20110329_king_sayona_lion/ http://gigazine.net/news/20110329_popopopon_android/
すっかりご無沙汰して、現状報告が遅れましたが、
無事です。 自宅の被害も本が落ちるくらいで、それほどではありません。 ただ、職場の展示室の被害が大きいので、その復旧にこれから忙しくなりそうです。 皆様のご無事を祈るばかりです。
たぶん、下のテロップがだんだんと脅迫めいた文章になってくるとの予想が当たってきましたね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110120-00000505-san-soci # by wkmiyazaki | 2011-01-20 09:54
一転して、日本中に菅直人と名乗る人物からの贈り物が届けられる。
枝野官房長官が官房機密費を使ってしまったと激白。 できれば、鼠小僧が現れた方がスリリングでは?
クローズアップ現代でレアメタル特集。中国はリサイクルでも五カ年計画でレアメタルを掌握し、価格競争に勝とうとしているらしい。
一方、日本は石油を燃やしてペットボトルをリサイクルし、殆ど利用されることなく、捨てられている。 花粉症が甚大な被害を与えていることが判っても、使われることのない杉の植林を止めようとはせず、植え続けている。
「ガイヤの夜明け」という番組で、クリープのイノベーションを電通のCMプランナーが企画する過程を紹介するシーンがあった。あっこの人はクリープのおいしさを知らないなという印象。
私だったら・・・。 今、ブームの「ちょい足し」。クリープを足すとある食べ物が一瞬にして違う味に、しかもおいしい!それは意外であれば有るほどインパクトは強い。例えば納豆にクリープ。ネットを使って、情報を集めれば本当に意外な物が見付かるはず。クリープのあのミルク感を生かせる素材は何か? お願いランキングとタイアップして、中尾ADをCMに起用して、サブでキムタクを使うのも良い。 世代によるクリープのイメージを競わせて、やっぱりクリープはコーヒー派の年配者vsちょい足し派の若者の論争を呼び起こす。 なんて企画通るわけないかな。 思いつきメモ
昨年は、後半、mixiのデータをこちらに転載するのが面倒で、こちらの更新が滞ってしまいました。ことしこそはこちらの方にも転載していきたいと思います。
今年もよろしくお願いします。
http://blog.tatsuru.com/2010/11/26_1103.php
政治家の資質としてとりあえずいちばんたいせつなことは「胆力」だと私は思う。 まずは「浮き足立たない」ということである。 危機的状況でも浮き足立たず、感情的にならず、ロジカルに思考し、抑制の効いた言葉づかいでそれを語れる人間は、そうでない人間よりも危機を生き延びるチャンスが多い。 それは経験的にたしかである。 もし、ほんとうにこの事件が国難的なレベルのものであると判断しているのなら、政治家たちは、「国難的状況に臨んで、どれほど平常心でいられるか。どれほど胆力があるか」を競ったはずだと私は思う。 けれども、昨日の国会中継を聴いていたら、そうではなかった。 むしろ、全員がどれほど浮き足だっているかを競っていた。 ひごろ冷静な仙谷官房長官も「満腔の怒り」というような感情的表現を使って、自分の政治家としての適格性を証明しようとしていた。 政治家が政治的イシューについて「前後を失うほど感情的になっている」ことをショウオフすることを評価ポイントに数えるというような幼児的な風習がいつから本邦の政界に定着したのだろう。 ラジオ放送の中で興味深かったのは、参院の審議できびしく質問で政府を責め立てていた山本議員がつい「感情的」になって絶叫した言葉が「いまこそ日米同盟でしょう!」だったことである。 日本が危機的状況に陥ったのだから、「アメリカと緊密に連携をとらなくてはいけない」というロジックを支えているのは、「日本の軍事的危機について最終的に責任をもつのはアメリカだ」という信憑が彼のうちに深く根ざしていることを示している。 外交的難局を切り抜ける方法を「日本人は自力で考え出さなければならない」という緊張感はここにはない。 「まず関係各国との連携を」というのは言い換えれば「日本はどうすればよいか」についてアメリカの意向を最優先に配慮するということである。 「アメリカの軍事的属国である日本に、自力で外交を展開する選択肢はほとんどない」というのは日本に課せられた歴史的条件である。 戦争に負けたことをいまさら恨んでもしかたがない。 けれども、その歴史的条件の中でしか政略が立てられないという事実については、もうすこし「恥」の感覚を持ち続ける方がいいのではないかと私は思う。 「ここはまあ、日米軍事同盟基軸ということで、アメリカの東アジア戦略の枠内で対応するしかないんじゃないですか。ですから、まずアメリカから情報をいただき、アメリカの指示に従う、と」という政治的意見は「悲しげに、ためいきまじりに」口にされるべき言葉ではないのか。 誇らしげに、感極まって、口にすることではあるまい。 ラジオを聴きながら、そんなことを思った。 べつに誰かの悪口を言っているわけではありません。
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